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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10092号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本訴は、所有権に基づく土地明渡請求であつて、抗弁の骨子は次のとおりである。

「本件土地は、かつて村尾秀太郎の所有であつたが、同人は、昭和二八年三月五日、太田弘に対し、木造建物の所有を目的として期間二〇年とする約定でこれを賃貸し、太田弘は、本件土地上に建物を建築して所有していた。被告は、昭和三三年七月一五日、太田弘から、右建物を村尾秀太郎の承諾を得て本件土地の賃借権とともに買い受け、本件土地の賃借人になつた。その後、村尾秀太郎は、死亡したので、村尾昌英が本件土地の所有権を相続によつて取得し、本件土地の賃貸人になつた。

ところで、右建物は、昭和四八年五月一七日、火災によつて全焼したところ、昭和四九年六月二一日、村尾昌英が引き続き被告に対し普通建物の所有を目的として期間同年六月一日から昭和七一年五月三一日までとする約定で本件土地を賃貸する旨の調停が成立した。

原告は、村尾秀太郎の子であり、村尾昌英の妹であるが、被告が右のとおり本件土地の賃借権を有することを知りながら、右土地上に火災後まだ建物が建築されていないことを奇貨として、本件土地の明渡しを求めるために村尾昌英からこれを贈与によつて譲り受けた。このような場合には、原告は、被告の賃借権について対抗要件の欠缺を主張し得ない背信的悪意者に当たるから、被告は、その賃借権を原告に対抗することができる。」

【判旨】

二抗弁について

抗弁のうち、被告が本件土地上の建物を株式会社勝栄電業社の従業員寮として使用していたこと、このことを村尾秀太郎が承知しており、村尾昌英も異議がなかつたことを除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告は、本件土地上の建物を株式会社勝栄電業社の従業員寮として一部(三所帯ぐらい)使用していたことが認められるが、そのことを村尾秀太郎が承知していた旨供述する証人佐々木千代(第一、二回)の証言は、<証拠>に照らして措信できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、村尾昌英に異議がなかつたことを認めるに足りる証拠もない。

右の事実によれば、被告は、本件土地の前所有者である村尾昌英に対して本件土地の賃借権を有していたが、その賃借権を本件土地の新所有者である原告に対抗するためには、通常、本件土地について被告のために賃借権の登記があるか、あるいは、被告が右土地上に登記した建物を所有していることが必要であるところ、そのような登記又は建物がないことは、弁論の全趣旨から明らかである。そうすると、被告は、原告の本件土地明渡請求が権利の濫用に当たるとか、原告が被告の賃借権について対抗要件の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者に当たらないといつたような特段の事由がない限り、原告の本件土地明渡請求を拒絶したり、その賃借権を原告に対抗することができないといわなければならない。

そこで、右のような特段の事由があるかどうかについて判断する。

1 <証拠>によれば、原告側の事情として、原告は、サラリーマンである夫健治及び幼児二人(ただし、原告が本件土地を取得した当時は、幼児一人である。)との家族構成であるが、二階の六畳間、三畳間各一室及び台所だけの手狭な住居を家賃月額三万六、〇〇〇円で間借りしていること、夫の収入は、一か月約二六万円であること、村尾秀太郎の相続人は、同人の妻である村尾きせ及び先妻の子四人を含む同人の子七人であるが、遺産分割の調停において、原告以外の子らは、それぞれ土地を取得したのに、原告だけは、末つ子で未婚であつたことから土地その他の財産を取得しなかつたこと、原告は、被告が昭和四九年六月二一日に成立した調停で村尾昌英に対して普通建物の所有を目的とする本件土地の賃借権を取得したにもかかわらず、その後三年以上もの間、後記3のとおりさら地のままで本件土地を放置していたので、本件土地を譲り受け、その土地上に自分達の家を建てて住みたいという気持になり、昭和五二年九月一日、兄である村尾昌英から、同人所有の本件土地の贈与を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2 他方、<証拠>によれば、被告側の事情として、事実欄の〔抗弁に対する認否〕で原告が主張する2の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3 <証拠>によれば、被告(実際には、株式会社勝栄電業社の社長である佐々木勝)は、本件土地上の建物が全焼した後、焼けた残骸をそのまま放置したので、本件土地が子供達の危険な遊び場になつたり、ごみ捨場にされたり、更には雑草が繁茂して不衛生なために付近住民からの苦情が絶えず、村尾きせ及びその子である松本昌子らが被告の住所であると信じていた株式会社勝栄電業社内へ十数回にわたつて電話をかけ、焼けた残骸を収去することを求めたし、前記調停においては、特に、本件土地上の焼失した残存建物を可及的すみやかに収去することを約したにもかかわらず、これを履行せず、昭和五〇年二月には、焼けたブロックの外壁が落ちて危険な状態になつたので、村尾きせらの電話連絡を受け、ようやく残存建物の二階部分だけは焼け残つた柱を切つて取り壊したものの、一階部分は依然として放置し、村尾昌英が昭和五二年七月二三日到達の内容証明郵便をもつて勝栄電業社内被告に対し、右調停による約束を履行するよう催告したので、まもなく焼けた残骸を除去したけれども、雑草を繁茂させたままにして本件土地を放置し、右土地上に建物を建築する工事を開始しなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4 <証拠>によれば、本件土地上の焼失した建物は、実際には、被告ではなく、株式会社勝栄電業社の社長である佐々木勝がこれを買い受け、その税金や地代を支払い、本件土地を使用していたこと、佐々木勝は、東京都大田区西糀谷二丁目に宅地89.91平方メートルを所有し、右土地上に昭和四九年三月に新築した木造トタン葺二階建寄宿舎、延面積148.20平方メートルを所有して、これを株式会社勝栄電業社寮として使用していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

5<証拠>によれば、被告は、その住所を東京都大田区大森四−二三四とか同区西糀谷三−八−九勝栄電業社内などと偽つていたこと、村尾秀太郎、村尾きせ、村尾昌英らは、これまで被告と一度も会つたことがないこと、佐々木勝の妻である佐々木千代は、本件土地上の建物が焼失した後、お詫びのため佐々木勝と一緒に村尾きせ方を訪問したが、村尾きせらは、その際の佐々木千代の言動から同女が被告自身であると思い込んでいたこと、また、佐々木千代は、村尾きせや原告に対し、被告名義で地代を送金していたことが認められ<る。>

右に認定した事実に基づいて考えるに、原告は、村尾秀太郎の子であり、村尾昌英の妹であつて、被告がその主張するとおり本件土地の賃借権を有することを知りながら、昭和五二年九月一日、村尾昌英から本件土地の贈与を受けたのである。しかし、被告は、昭和四九年六月二一日に成立した調停で村尾昌英に対して本件土地の賃借権を取得してから三年以上もの間(本件建物が焼失してから数えると四年以上もの間)、さら地のままで本件土地を放置して、右土地上に建物を建築する工事を開始しなかつたのであり、このような事情の下で、原告が本件土地に自分達の家を建てて住みたいという気持から本件土地を取得したことについては、その譲受けの動機及び経緯に照らして了とする点が全くないわけではない。他方、被告が本件土地を自ら必要とする事由はほとんど認められず、ただ、被告が本件土地の賃借権を失うことにより、右土地上に被告(実際には株式会社勝栄電業社)が建築する建物を従業員寮として使用することを予定している株式会社勝栄電業社の計画が実現できなくなるけれども、被告(実際には佐々木勝)が長期にわたつてさら地のままで本件土地を放置していたことや昭和四九年三月に新築した佐々木勝所有の寄宿舎があることなどからすると、株式会社勝栄電業社が本件土地を必要とする程度は、大したものではなく、原告が住宅用地として本件土地を確保したいという必要性よりも劣るものと思われる。しかも、そもそも、本件土地上の焼失した建物は、実際には、佐々木勝がこれを買い受け、同社の従業員寮として一部使用していたのであるが、このことを本件土地の前所有者である村尾秀太郎及び村尾昌英が承知していた事実は認められないし、被告がその住所を偽つていたこと、その他前認定の諸般の事情を考え合わせると、原告の本件土地明渡請求を権利の濫用に当たると断ずることは困難であり、原告が被告の賃借権について対抗要件の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者に当たらないと断ずることもできない。したがつて、被告の抗弁は理由がない。

(安達敬)

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